事案の概要

  • 被相続人A(昭和4年生、令和3年5月死亡)は高齢で施設入所歴あり。
    令和2年7月16日に公証人作成の公正証書遺言。
  • 配分要旨:
    • 不動産の一部を長男Y1、残部を三男Y2へ相続させる。
    • 流動資産(特定の預貯金・有価証券等)を原告(二男)へ相続させる。
    • その余の金融資産・一切の財産は孫(Y3・Y4)に各1/2で遺贈。
  • 二男(原告)が「Aは認知症で遺言能力がない」と主張して無効確認を求めた。

裁判所の認定事実

    • Aは平成28年から老人ホームD、令和2年3月から介護付有料老人ホームEに入所。
    • 医療経過:令和元年5月MMSE14/30、令和2年1月主治医はアルツハイマー型認知症と診断。令和3年1月MMSE17/30。
    • 生活状況:物盗られ妄想等はあるが、施設生活は概ね平穏。
    • 遺言の付言:「各人へ過去に与えてきたものを考慮」「A家は将来Y3・Y4が担う」等。
    • 平成26年には「3兄弟で概ね3等分」を趣旨とする前公正証書遺言あり。

裁判所の判断:遺言能力あり

  • Aはアルツハイマー型認知症を発症していたと認めるが、
    • 障害は主に「時間の見当識・近時記憶・計算能力」に限定。
    • 場所の見当識、理解・表出、指示への反応、書字・図形模写等に顕著な障害は認められない。
    • 施設での生活は概ね安定し、会話の連続性も観察される。
  • 本件遺言は「①特定不動産をY1・Y2に等分、②特定の流動資産を原告に、③残余を孫2名に等分」という比較的単純で理解しやすい構成。
  • 孫(Y3・Y4)が成人し家の担い手と見なせる時期であったこと、付言の内容、前遺言との整合から、動機・内容は不合理ではない。
  • 主治医が「中等度」「重要判断に補助要」と評価していても、医学的重症度評価=法的遺言能力の欠如とは直結しない。
    → 総合すると、遺言当時、自己の財産処分の意味・内容・結果を理解できたと認定。

この判決のポイント

  • 公正証書遺言は有効推定が強いうえ、認知症があっても、当時の理解能力が遺言内容を把握できる程度に保たれていれば遺言能力は認められる。
  • MMSE等のスコアは一資料に過ぎず、日常の言動、遺言内容の複雑性・合理性、付言や家族関係の推移などを総合評価。
  • 前遺言からの変更があっても、孫の成長等の事情・資産価額の変動・付言の趣旨等があれば不合理とはならない。
  • 認知症の診断があっても、当該時点における理解・判断が遺言内容を把握できる程度なら遺言能力は肯定され得る。
  • 本件では、遺言内容の単純性・合理性、生活・会話の状況、付言の趣旨等から能力が認められ、方式違背も否定され、遺言は有効とされた。