令和6年3月29日 東京地方裁判所

事件の概要

  • 被相続人C(令和2年10月1日死亡)の二女(原告)が、長女(被告)に対し、被相続人が平成30年3月10日に作成した自筆証書遺言(以下「遺言書B」)には遺言能力がなく無効であるとして、その無効確認を求めた事案。
  • なおCは平成26年7月に原告へ自宅不動産などを相続させる内容の自筆証書遺言(以下「遺言書A」)を作成済みであった。

事実関係

  • 家族構成:妻D、長女(被告)、二女(原告)、三女Eが法定相続人。
  • 遺言書A:平成26年作成。原告に自宅不動産を相続させる等を内容。作成時の遺言能力は争いなし。
  • 遺言書B:平成30年3月10日作成。「い前の遺言書は破棄します。三人で仲良く分けて下さい」とだけ記載。押印は後日被告が指印をもらった。
  • 被相続人の健康状況:平成27年頃から要介護2。平成28年に認知症・廃用症候群と診断され、その後も認知機能は悪化。
    平成30年4月の介護認定では認知症高齢者の日常生活自立度Ⅲa。短期記憶や意思伝達に著しい障害。

裁判所の判断:遺言能力なし

  • 介護認定・主治医意見・施設記録等から、平成30年3月10日時点で被相続人の判断能力は相当程度減衰し、短期記憶や意思伝達能力に著しい障害。
  • 遺言書Bは筆勢がなく「以」を平仮名で書くなど、これまでの細やかな記載をした遺言書Aと比べ明らかに異なる。
  • 「い前の遺言書」とだけ記載し具体的に特定していないなど、遺言書Aの存在・内容を認識していたとは認め難い。
  • そもそも自宅不動産を原告に相続させるという家族合意は平成26年時点で形成済みで、これを覆す動機も見当たらない。
  • その後の株式移管・生前贈与は原告らの補助のもと従前の意向を実行したに過ぎず、遺言能力を裏付けるものではない。
    → よって遺言書B作成時に遺言能力はなく、遺言は無効。

結論

  • 遺言書Bに係る遺言は無効。
  • 原告の請求を認容。
  • 訴訟費用は被告負担。

判例の意義

  • 高齢者が認知症により判断能力が大きく低下している場合、簡素な記載の遺言書であっても、当時の介護認定や医療記録、遺言内容の不自然さから遺言能力の欠如を認定し、無効とした点に意義がある。